―――100sのメンバーが出会って今年で5周年ということで、2001年の出会いから振り返っていただきたいのですが。

池田 ROCK IN JAPAN FESに参加したときのことだよね。あんまり覚えてないな。かっさんがヒゲはえてたっていうのと、佐渡帰りだったっていうのと……。

中村 僕は、かなり大きなフェスに出るというプレッシャーがすごくて、で、佐渡にでも行こうかと思って、髭ボーボーになって帰ってきてみんなに会ったんですよ。

―――実際リハをしてみて、はじめの印象はどうだったんですか?

中村 すごく合ってたと言うしかないですね。そのときに、デモでしかなかった「キャノンボール」をやってみたらすぐに形になったんですね。

池田 でも正直、音的には自分の音で精一杯。全体を見てどうこう、という余裕はないですよ。

小野 うん。ない、ない。

中村 でも僕は「キャノンボール」をこのメンバーでレコーディングすることに迷いはなかったです。自分が今までひとりでやってきて足りなかった要素がここにはあったんで。

―――「キャノンボール」のあと、「セブンスター」「新世界」、そしてアルバム『100s』へと、レコーディングはどんな形で進んでいったんですか?

中村 『100s』のときは、俺がいつもスタジオにいて、みんなが入れ替わり立ち替わりやって来て録る、という形でしたね。でもよく打ち合わせをしていましたね。ギターもふたりいるんで、まずここでの打ち合わせがあるんですよ。

小野 俺は結構、どうにかなる、と思うほうなんだけど、まっちぃは打ち合わせしたがるんだよね。

町田 あのね、話さないでどうにかなる、っていうことに限界を感じたときにはじめて話し合うってことになるわけでして、ワタシだって話さないでできるんだったらそれにこしたことはありませんことよ。

―――『OZ』のときは作り方が変わってきますね。

中村 まず僕が何曲かデモを作って、それに関して池ちゃんとまっちぃと小野ちゃんと話し合って世界観を構築して、そのあとにトム君とヒロに入ってもらって曲を完成させていきました。

池田 曲に対する説明はそんなに必要なかったね。詞を見て、自分たちが感じるところでやっていたかな。

町田 僕は基本的にまず音で理解しようとして、不明確な部分があった場合は素直に聞きますね。メンバー各自の音に対しても訊く。そこでときたまぶつかるときがありまして。精神的な、音と音とのとっくみあいになります。特に俺と小野は。

中村 弾いている楽器は同じなんですけど、全然違うタイプじゃないですか。

町田 たぶん、同じタイプのギタリストがふたりだったら成り立っていないと思うんですよ。

小野 やっているうちに「なるほどな」って正解が出るからね。

―――きっとその話し合いでも、表面上のことではなくて、曲の根幹みたいなところまで行くんですよね。

町田 ギターに関してはそうかもしれない。でも、ドラムもベースも作っているときに、相当深いところまで行きますからね。

玉田 ああ、そうだね。

町田 単純に音色とかそういうこと以前に、気持ちの問題というか。

―――その気持ちの部分も含めて、個々の表現が必要とされるということ?

町田 そう。表現する世界観は、カズから出てきた段階でわかるんですよ。で、その上で自分がどう思うか、という答えみたいなものを自分の楽器でちゃんと出していかないと100sの音にならないんですよ。

中村 『OZ』は大作だっていう意識もみんなの中にあったし、100s名義になってバンドとして変わったんだけど、バラバラさみたいなところでは変わってなくて。

町田 きっとバンドの基本の考え方は、一番はじめにリハをやったあの場所から大きくは変わってないんですよ。それをいかに強靱なものにしていくか、広げていくか、深めていくか、上げていくか、ということをメンバー全員が必死になって考えているんですよ。

―――では、5年を経て、変わった部分というのはどういったところですか?

中村 俺、変わってないような気もする。

山口 みんな、身体が壊れはじめた気がする。

玉田 だんだんそういう話しかしなくなるよね。整体がどうしたとかさ。

小野 今のテーマは「健康」だね。

町田 そう。いかに健康にアルバムを作るか、ってことなんだよ。

池田 徳川家康かっ、お前は!

―――でも、このバンドが初期衝動みたいなものが今も失われていないところが面白いと思うんですよ。

池田 それは初期衝動のよさが大事だっていうところも、みんな共通して見ているっていうことだと思うんですよ。

町田 その初期衝動を得るために、100sを離れる時期があるんだよ。

小野 そこですごくリセットしたから『OZ』ができたんだろうし。

中村 メンバーそれぞれに「こうあって欲しい」というのがあるとすると、それは「半分ずつであって欲しい」ということなんですよ。例えば、ものを作って人に聴いてもらうときも、自分半分、人も半分。そういう黄金比が絶対あると思うんで。バンドということで縛り過ぎてもいけないし、かといってバンドのことを考えなくてもダメだし。そこも自分半分、バンド半分なんですよね。

池田 そういうのもあって、いいバランスでやれるバンドなんですよ。

―――今は、もう次の作品を作っているんですよね。

中村 やったりやらなかったりですね。

小野 「やらなかったり」は言わなくていいよ。

中村 じゃあ「やったりやったり」しています(笑)。

山口 前とはまったく違う形でやろうとしている、ということで、新鮮ですよ。

玉田 狭いスタジオに籠もって、機材的にも制約があるんですよ。でも、なんかこうそういうのも含めて、「作っている」って感じがしますね。

中村 それぞれが100sの音を考えて音を出していく、ってことでは揺らがないし、鳴っている音自体にはブレがないんで。それぞれ人間的成長も早いし、5年とはいえ10年くらいやってるくらい密度が濃いんですよ。